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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19919号 判決 1996年10月30日

原告

外崎寿実男

被告

小禄誠一

ほか五名

主文

一  被告吉澤英明は、原告に対し、金九〇万〇〇七八円及びこれに対する平成四年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告吉澤英明に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告小禄誠一、同山崎剛士、同山崎利行、同作田剛及び同作田弘道に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告に生じた費用の二〇分の一及び被告吉澤英明に生じた費用の二〇分の一を被告吉澤英明の負担とし、原告に生じたその余の費用、被告吉澤英明に生じたその余の費用並びに被告小禄誠一、同被告山崎剛士、同山崎利行、同作田剛及び同作田弘道に生じた費用は原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、金八五五七万四九三三円及びこれに対する平成四年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成四年四月九日午後七時三〇分ころ

(二) 事故現場 東京都江戸川区松江四丁目一三番先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 被告車両

(1) 小禄車 原動機付自転車

運転者 被告小禄誠一(以下「被告小禄」という。)

所有者 被告小禄

(2) 吉澤車 原動機付自転車

運転者 被告吉澤英明(以下「被告吉澤」という。)

所有者 被告吉澤

(3) 山崎車 原動機付自転車

運転者 被告山崎剛士(以下「被告山崎」という。)

所有者 被告山崎利行(以下「被告利行」という。)

(4) 作田車 原動機付自転車

運転者 被告作田剛(以下「被告作田」という。)

所有者 被告作田弘道(以下「被告弘道」という。)

(四) 事故態様 原告は、タクシーの後部座席に客として乗車中、右タクシーが本件交差点にさしかかつた際、被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田が、集団で本件交差点に進入してきたため、タクシー運転手が被告らとの衝突を避けようとして急制動をかけた結果、タクシーの後部座席に乗車していた原告が車中で転倒した。

2  原告の傷害と治療状況及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故によつて、腰椎捻挫、外傷性頚部捻挫等の傷害を負い、これに起因して痙攣発作、意識障害等が出現し、以後、発熱、耳鳴り、めまい、頸部痛、腰痛、しびれ感が起こり、求心性視野狭窄が残り、視力が両眼とも〇・〇一(矯正不能)となつた。

(二) 原告は、平成四年四月九日から同月一五日までの間、松江病院に入院し、同月一七日から同月二三日まで医療法人財団青秀会岩井整形外科内科病院(以下「岩井整形」という。)に入院し、同月二四日から平成五年四月一四日までの間、同病院に通院し、平成四年一二月四日から平成五年八月二五日までの間、医療法人財団青秀会岩井眼科診療所(以下「岩井眼科」という。)に通院して治療を受けた。

原告の右傷害は、平成五年八月二五日に症状固定となつたが、両眼の視力が〇・〇一(矯正不能)となり、右は自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)二級に該当する。

3  責任原因

(一) 被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田

被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田は、交差点に進入する際には、左方から進行してくる車両の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行した過失によつて本件事故を起こしたのであるから民法七〇九条により、かつ、被告小禄は小禄車を、同吉澤は吉澤車を、山崎は山崎車を、同作田は作田車を、それぞれ運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告利行及び同弘道

被告利行は山崎車を、被告弘道は作田車を、それぞれ所有して、運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(三) 被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田の間には共同不法行為が成立するので、被告らは連帯して原告に生じた損害を賠償する義務がある。

4  損害額

(一) 治療費 二二万四三二四円

被告吉澤から支払われた松江病院の治療費一二万九四一〇円及び岩井整形の治療費の一部二六万三九七一円を除いた残りの岩井整形の治療費三万九五四二円、岩井眼科の治療費二万五一一〇円、国民健康保健本人負担額一〇万三一二二円及び投薬料五万六五五〇円の合計。

(二) 入院雑費 一万八二〇〇円

前記のとおり、原告は、本件事故により一四日間入院し、一日当たり一三〇〇円の雑費を要した。

(三) 通院交通費 二一万七六七〇円

(四) 休業損害 六九七万五〇〇〇円

原告は、本件事故時、鉄骨鉄筋溶接、組立を業とする訴外有限会社外崎工業の代表取締役であり、毎月四五万円の収入を得ていたところ、本件事故によつて稼働不能となつたので、本件事故の翌日である平成四年四月一〇日から平成五年八月二五日までの間の給与七四二万五〇〇〇円の休業損害を受けた。原告は被告吉澤から休業損害として四五万円を受領したので、休業損害はその差額六九七万五〇〇〇円となる。

(五) 逸失利益 四七八六万〇二〇〇円

原告は、本件事故によつて後遺障害等級二級の後遺障害を残存し、労働能力を百パーセント喪失した。原告の収入は年間五四〇万円であり、原告は症状固定時五六歳であつたから、原告は労働可能な六七歳までの一一年間、毎年五四〇万円の得べかりし利益を失つたと認められるので、原告の逸失利益は、右の五四〇万円に一一年間のライプニツツ計数八・八六三を乗じた四七八六万〇二〇〇円である。

(六) 慰謝料 二二五〇万円

入通院慰謝料二〇〇万円、後遺障害慰謝料二〇五〇万円の合計。

(七) 弁護士費用 七七七万九五三九円

(八) 合計 八五五七万四九三三円

二  被告らの主張

1  被告らの責任について

本件事故が発生した事実は認めるが、被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田が民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条により原告に生じた損害を賠償する義務があるとの事実及び被告利行及び同弘道が、自動車損害賠償保障法三条により原告に生じた損害を賠償する義務があるとの事実、被告小禄、同吉澤、同山崎及び同作田との間に共同不法行為が成立するとの事実は否認する。

2  原告の傷害の有無、程度、後遺障害の有無

(一) 視力障害について

(1) 本件の事故の影響で原告に視力障害が生じたとの事実は否認する。

原告が、本件事故当日に受診した松江病院の診断書には頭部外傷等の重篤な傷病名の外、眼の症状に関する記載がなく、原告は本件事故当日は眼の異常を訴えていない。岩井眼科発行の後遺障害診断書では、機能性弱視の疑いとされ、岩井整形、岩井眼科発行の後遺障害診断書には、眼症状の原因となる器質的な所見について、前眼部、中間透光体、眼底になしとの所見であることから、眼の症状を裏付ける器質的異常が認められない。原告は、本件事故後の平成四年六月二八日に、大型一種及び普通一種の運転免許(眼鏡条件付)を更新している。大型免許は、視力は両眼で〇・八以上あり、かつ、一眼でそれぞれ〇・五以上(矯正視力を含む)でなければ、更新されず(道路交通法施行規則二三条)、原告は、右条件を満たしていたのであるから、本件事故によつて視力が低下したとは認められない。

(2) 仮に、原告に視力障害が認められるとしても、原告は、昭和五七年一二月三日付秋枝病院発行の後遺障害診断書で、「右〇・一(nc=矯正不能の意味)、左〇・〇六(nc)、視野の広さ「正常範囲」、昭和五七年一二月二七日付都立墨東病院発行の診断書で、「右〇・〇八(nc)、左〇・〇六(nc)、眼位及眼球運動は正常。視野も視力低下のため、やや正確さを欠くが、ほとんど正常。前眼部及び中間透光体及び眼底に異常を認めず。」、昭和六二年三月二三日付江戸川病院発行の後遺障害診断書で、「右〇・〇五(nc)、左〇・〇四(nc)との各後遺障害診断を受けているのであり、過去に、視力が右〇・〇五、左〇・〇四で、しかも、矯正不能の診断を受けて症状が固定していた。今回も、岩井眼科発行の後遺障害診断書では、原告の視力は、右〇・〇五、左〇・〇五であり、従前の後遺障害と同程度の視力障害であり、したがつて、原告の視力障害と本件事故との間には因果関係が認められない。

(二) 神経症状について

本件事故によつて、原告に痙攣発作、意識障害等が出現し、以後、発熱、耳鳴り、めまい、頸部痛、腰痛、しびれ感等の神経症状が生じたとの事実は否認する。

頸椎の運動制限は、症状を裏付ける器質的所見に乏しいなど、原告の症状は中枢神経の症状と認められる所見に乏しいところ、局部の神経症状については、本件事故前に、既に、頸部、腰部について、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から後遺障害等級一二級一二号の認定がなされているので、本件事故によつて加重した症状が生じたとは認められない。

三  原告の認否及び反論

原告が本件事故直後には視力に異常を訴えていなかつた事実、原告が、本件事故後の平成四年六月二八日に大型一種及び普通一種の運転免許(眼鏡条件付)を更新している事実、大型免許は、両眼で〇・八以上、かつ、一眼でそれぞれ〇・五以上(矯正視力を含む。)の視力を有しなければ更新されない事実は認める。

本件事故時、原告の視力は正常であつたが、本件事故により、徐々に視力が低下し、平成四年六月二八日には一眼でそれぞれ〇・五以上あつた視力が、その後に〇・〇一まで低下したものである。器質的所見は認められないことは認めるが、視力が低下しているのは事実である。器質的異常が認められないものの、明らかに視力が低下しているものを機能性弱視と呼称している。機能性弱視は受傷直後に発症するとは限らず、事故日時が経過して徐々に進行することもあり、原告の場合はこれに該当する。既往の事故による視力低下も本件と同様機能性弱視と見られるものであり、機能性弱視は数年で軽快する場合も多く、原告の場合も、本件事故前には視力が回復していたものである。したがつて、事故前に視力が低下していた診断書の存在をもつて、本件事故時に現在と同等の視力であつた旨主張するのは理由がない。原告が求心性視野狭窄の症状を表していることは、正常例と比して明らかである。視野狭窄の発生は本件事故から四か月を経過した時点であるが、その間に、原告の生活の中で右障害をもたらす事故、事件はない。視野狭窄は、原告を取り巻く環境が精神的誘因となつて視覚障害として固定したものと考えるべきであり、視力障害は直接の外傷に基づくものでないが心因性視覚障害の典型的な一徴候である。原告は精神的打撃を受けやすい人間であり、視覚障害が亢進したのも将来の生活への不安に基づくものであつて、原告には心因性視覚障害が生じている。

したがつて、原告の症状は後遺障害等級第二級の二に該当する。仮にそうでないとしても、同第七級の四、あるいは、第九級の一〇に該当する。

第三争点に対する判断

一  被告らの責任について

1  甲三、四、乙イ一ないし四、乙ロ一、乙ニ一、乙ヘト一、被告吉澤、同小禄、同山崎及び同作田、原告各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、信号機のない交差点であり、吉澤車、小禄車、山崎車、作田車が進行してきた道路は、幅員三メートルで、一方通行の規制がされ、本件交差点手前に、標識と表示によつて一時停止の規制がなされている。一方、原告が乗車していたタクシー(以下「本件タクシー」という。)が進行してきた道路の幅員は六メートルあり、本件事故当時、本件交差点手前の吉澤車らが進行してきた右側部分には駐車車両が一台あつた。本件交差点の各角には民家があり、吉澤車らが進行してきた側及び原告の乗車したタクシーが進行してきた側のいずれの側からも左右の見通しは悪い。

(二) 被告吉澤、同小禄、同山崎及び同作田は、いずれも高校生で、中学校の同級生であるが、本件事故当日、被告吉澤の自宅前に集合し、その後、それぞれ吉澤車、小禄車、山崎車及び作田車を運転して友人宅に向かつた。被告吉澤らは、吉澤車、小禄車、山崎車、作田車の順で、それぞれ二、三メートルの間隔を開けて走行し、本件事故現場に到着したが、先頭を走行していた被告吉澤は、本件交差点を直進するか右折するかを逡巡したため、一旦、吉澤車を本件交差点手前で停止させた。後続の小禄車と山崎車もすぐに本件交差点に来たが、本件交差点で停止することなく、吉澤車の右側を追い越し、小回りで本件交差点を右折した。その後、被告吉澤は、本件交差点を右折しようとして、左方を十分に確認しないまま一メートルほど直進して本件交差点内に進入したところ、本件タクシーが左方から本件交差点内に進入してきたため、吉澤車と衝突しそうになつたが、双方の車両は衝突することなく、本件交差点内で停止した。その後、すぐに吉澤車は発進して本件交差点を右折し、吉澤車に続いて作田車も本件交差点を右折した。

2  以上の事実によれば、被告吉澤に左方不注視の過失が認められることは明らかであるが、被告小禄、同山崎及び同作田に本件事故と因果関係のある左方不注視等の過失を認めることはできない。また、被告小禄、同山崎及び同作田が被告吉澤の左方不注視に影響を与えるような運転をしたとも認められない。さらに、被告吉澤、同小禄、同山崎及び同作田は、単に、同一場所に向かうため、それぞれ別々に原動機付自転車を運転していたに過ぎず、それぞれ独立して注意義務を負うものであつて、共同して注意義務を負う関係にはなく、右のような運行形態からみても、吉澤車、小禄車、山崎車及び作田車の各運行行為の間に客観的共同関係は認められない。

以上の次第で、被告吉澤は、民法七〇九条に基いて、原告に生じた損害を賠償する責任を負うと認められるが、被告小禄、同山崎及び同作田は原告に生じた損害を賠償する責任を負うとは認められない。したがつて、被告利行及び同弘道も原告に生じた損害を賠償する責任を負うとは認められない。

二  視力障害について

1  争いのない事実、甲一、二、五ないし一一、一五、一六の一及び二、一七、一九の一及び二、戊イ一ないし五によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成四年四月九日に本件事故に遭い、同日、松江病院に通院して診察を受けたが、初診時には、視力障害は訴えず、眼の治療は全く受けないまま、同月一五日に松江病院を退院した。原告は、本件事故後の平成四年六月二八日に大型一種及び普通一種の運転免許(眼鏡条件付)を更新しているが、大型免許は、両眼で〇・八以上、かつ、一眼でそれぞれ〇・五以上(矯正視力を含む。)の視力を有していなければ更新されない(道路交通法施行規則二三条)。その後、原告は、同年八月ころから視力障害が生じたと愁訴し、同年一二月四日から岩井眼科に通院し、同病院で、複視と求心的視野狭窄及び視力が、裸眼で右〇・〇五、左〇・〇五の疑いがあり、機能性弱視の疑いがあると診断されたが、前眼部、中間透光体、眼底のどの部位にも、眼症状の原因となる器質的な所見はなく、症状を裏付ける器質的異常は認められなかつた。

(二) 原告は、本件事故前の昭和五六年九月八日に、交通事故に遭つて訴外秋枝病院に通院し、昭和五七年一二月三日付で、右の視力が〇・一、左の視力が〇・〇六でいずれも矯正不能、視野の広さは正常範囲で、左単眼性複視の後遺障害が残存すると診断され、さらに都立墨東病院にも通院し、昭和五七年一二月二七日付で、「視力は右〇・〇八、左〇・〇六でいずれも矯正不能、単眼複視、弱視の後遺障害が残存する。眼位及眼球運動は正常。視野も視力低下のため、やや正確さを欠くが、ほとんど正常。前眼部及び中間透光体及び眼底に異常を認めず。」と診断され、約四七〇〇万円の損害賠償金を受領した。さらに原告は、昭和六一年三月三一日に交通事故に遭つて江戸川病院に通院し、昭和六二年三月二三日付で、「右の視力が〇・〇五、左の視力が〇・〇四でいずれも矯正不能の求心的視野狭窄の後遺障害が残存する。」と診断され、約四三〇〇万円の損害賠償金を受領した。

2(一)  右認定の事実によれば、原告は、本件事故直後の松江病院での治療期間中には視力の異常を全く訴えておらず、本件事故から二か月後の平成四年六月二八日には大型免許の更新を受けているところ、大型免許は、視力は両眼で〇・八以上あり、かつ、一眼でそれぞれ〇・五以上(矯正視力を含む。)でなければ、更新されず(道路交通法施行規則二三条)、原告は右条件を満たしていたのであるから、原告は、平成四年六月二八日の時点では、両眼で〇・八以上あり、かつ、一眼でそれぞれ〇・五以上(矯正視力を含む。)の視力を有していたことは明らかであり、原告の前眼部、中間透光体、眼底のどの部分にも、眼症状の原因となる器質的な所見はなく、症状を裏付ける器質的異常は認められないこと、昭和六二年三月二三日に低下して矯正不能となり、永続的に右障害が残存すると診断された視力が、本件事故時及び大型免許更新時には視力が回復しており、その後、本件事故によつて視力が再度低下したとの視力の著しい変化の主張自体が極めて不自然なものであることに鑑みても、本件事故によつて原告に視力障害が生じたと認めるには合理的な疑いが残る。

仮に原告に視力障害が生じているとしても、原告は、遅くとも昭和六二年三月二三日には、視力が右〇・〇五、左〇・〇四で矯正不能、求心的視野狭窄との後遺障害診断を受けて症状が固定していたのであり、本件事故後の視力障害及び求心的視野狭窄の診断も前回の事故の際の診断内容と全く同じものであり、視力障害が格別加重されたものとも認められず、本件事故後の視力障害及び求心的視野狭窄の診断は本件事故の影響ではなく、昭和六一年三月三一日に遭つた交通事故による影響であるとの疑いが濃厚であり、本件事故との間に因果関係を認めることはできない。

(二)  原告は、原告の視力障害は、他覚的所見を伴わない心因性視覚障害であると主張しているが、原告の視力障害が心因性視覚障害であるとの診断はなく、他の関係証拠を照らしても、原告の視力障害が心因性視覚障害であると認めるに足りない。

甲一五は、器質に異常ない視力障害を機能性弱視と呼び、原告の症状は右機能性弱視の疑いがあると診断しているが、右は、原告に器質的異常所見が認められないにもかかわらず、原告が視力障害を訴え、かつ、本件事故前に視力障害が生じているにもかかわらず、その後、大型自動車の運転免許の更新を受けるなど、不可解な点があるため、機能性弱視の疑いがあると診断しているに過ぎないものであり、もとより機能性弱視と断定しているものではないから、甲一五のみによつて原告に機能性弱視の障害が生じたとは認められない。のみならず、仮に原告の症状が機能性弱視であるとしても、前記認定のとおりの原告の過去の受傷経過に鑑みれば、原告は、既に、昭和六二年三月二三日の時点で機能性弱視の障害が生じていたものと認められ、本件事故によつて機能性弱視の障害が生じたと認めることはできない。また、仮に右の機能性弱視が心因性視覚障害を意味しているとしても、前記認定のとおり、原告に視力障害が生じたのは、原告の供述によつても本件事故後四か月以上を経た平成四年八月以降であり、この様な長期間を経て発症した視力障害と本件事故との間には相当因果関係は認め難い。

3  よつて、視力障害についての原告主張は理由がない。

三  神経症状について

1  争いのない事実、甲一、二、五ないし一一、一五、一六の一及び二、一七、一九の一及び二、戊イ一ないし五によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故の際、タクシーの後部座席に左足を曲げた状態で座席に乗せて乗車しており、本件事故によつて、前方に身体が投げ出され、頸部と腰部を打つた。原告は、事故当日、腰部及び頸部の痛みが強いと愁訴して松江病院で治療を受けたが、初診時の意識は明瞭で、しびれや膨張など右上肢に異常を訴えたものの、右症状は本件事故以前からも有している症状であつた。他方、原告は、腰部、胸部にもしびれを訴えた。同病院ではX線検査を実施し、さらにCT検査を実施したが、その最中にけいれん症状が出たため、原告は同病院に入院し、平成四年四月一五日までの間、同病院に入院した。その間、X線検査やMRI検査が実施されたが異常は認められなかつた。その結果、松江病院を退院した平成四年四月一五日の時点で、本件事故に起因する頸椎や頸髄の損傷や骨傷、神経損傷の問題点は認められず、原告が訴える上肢のしびれは末梢神経障害と判断されていた。そして同日、背中及び首は正常と診断されたが、原告は、本件事故前からけいれんについては村上病院に、右手のしびれについては岩井整形に、それぞれ通院して治療を受けていたため、岩井整形での治療を希望し、同年四月一五日に松江病院を退院した。

岩井整形では、平成四年四月一七日から同月二三日まで入院し、その後平成五年四月一四日までの間、同病院に通院して治療を受けたが、(実通院日数四〇日)、その治療内容は、同月一七日から同年六月二六日までの間ポリネツクカラーで固定をするなどしたほか、理学療法等を受けた。原告には、頸椎可動域制限等の症状が見られたが、頸部のX線検査でも異常がなく、右のような治療の結果、外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害は、平成五年四月一四日に治癒したと診断された。

(二) 原告は、昭和五六年九月八日に交通事故で受傷し、昭和五七年一二月三日付で、後頭部から頸背部に至る疼痛、腰部両下肢に至る知覚異常を伴う疼痛等の自覚症状を主とする頸椎捻挫、腰部脊髄神経症、外傷性神経症等の後遺障害と診断された。さらに原告は、昭和六一年三月三一日に交通事故で受傷し、昭和六二年三月二三日付で、疼痛、頸部痛及び左上肢知覚低下あり、失神発作が日に一ないし数回繰り返される等の自覚症状を主とする頸椎、腰椎捻挫、第三腰椎横突起骨折、左外側皮神経麻痺、左上肢知覚障害、頭部打撲後遺症等の後遺障害が残存しているが、右障害は緩解の方向に向かうと思われると診断され、自算会から後遺障害等級一二級一二号に該当すると認定された。なお、その際、神経症的うつ状態の傾向があるとも診断されている。

2(一)  以上の事実によれば、原告は、本件事故前からけいれん症状については村上病院に、右手のしびれについては岩井整形に、それぞれ通院して治療を受けていたのであるから、原告が本件事故後に訴えた症状中、左上肢のしびれ及びけいれんは、本件事故と因果関係を認めることはできない。しかしながら、原告は、松江病院及び従前から上肢のしびれの治療を受けていた岩井整形のいずれの病院においても外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害と診断されていること、原告には、本件事故後、本件前の交通事故で受傷した際には残存していなかつた頸部の可動制限が生じていることに鑑みると、原告は、本件事故によつて外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害を負つたと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告らは、「頸椎の運動制限は、症状を裏付ける器質的所見に乏しいなど、原告の症状は中枢神経の症状と認められる所見に乏しいところ、局部の神経症状については、本件事故前に、既に、頸部、腰部について自算会から一二級一二号の認定がなされているので、本件事故によつて加重した症状が生じたとは認められない。」と主張する。しかしながら、以前に後遺障害等級一二級一二号の認定がなされているとの事実だけで、本件事故によつて原告に外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害が生じていないとは言えないのみならず、前記のとおり、昭和六一年に受傷した際の後遺障害診断では、障害が緩解の方向に向かうと思われると診断されており、左上肢のしびれ及びけいれんと異なり、本件前の交通事故で受傷した頸部や腰部の症状が本件事故時にも残存していたと認めるに足りる証拠はないこと、本件前の交通事故で受傷した際には残存していなかつた頸部の可動制限が生じていることが認められるので、被告らの右主張は採用できない。

(二)  次に、甲九等によれば、本件事故によつて負つた外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害は、平成五年四月一四日に治癒したと認めるのが相当である。

確かに、本件事故後のX線検査やMRI等の検査では異常は認められず、本件事故による頸椎や頸髄の損傷、骨傷、神経損傷の問題点は認められず、本件事故によつて器質的な障害が生じたとは認められない。また、原告は、松江病院での初診時の検査中にけいれん症状が出たため、その精密検査のために入院することになつたものであり、けいれん症状が出なければ入院の必要があつたか疑いもないではなく、けいれん症状は本件事故と因果関係が認められないのであるから、結局、本件事故によつて負つた外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害だけで松江病院の入院の必要性が認められるか疑問なしとしない。したがつて、原告が、本件事故によつて負つた外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害は重傷ではなかつたと認められるが、岩井整形のカルテ等が証拠化されていないため、原告が負つた外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害が平成五年四月一四日に治癒したとの右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、右認定のとおり、原告が負つた外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害は平成五年四月一四日に治癒したと認められるので、原告に外傷性頸部症候群及び腰部捻挫に起因する神経症状の後遺傷害が残存しているとは認められない。

3  以上の次第で、原告は、本件事故によつて、一四日間の入院加療と平成五年四月一四日通院加療(実通院日数四〇日間)を要する外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害を負つたと認めるのが相当である。

第四損害額の算定

一  治療費 六万八二八二円

前記認定のとおり、平成四年四月九日から同月一五日までの間の松江病院における入院治療、同月一七日から同月二三日までの間の岩井整形の入院治療及び同月二四日から平成五年四月一四日までの間の同病院に通院治療(実通院日数四〇日間)が本件と相当因果関係の認められる損害と認められる。右の間の治療費のうち松江病院の治療費一二万九四一〇円及び岩井整形の治療費の一部二六万三九七一円が被告吉澤から支払い済みであることは当事者間に争いがないので、本件と相当因果関係の認められる治療費合計は六万八二八二円と認められる(甲九、一〇)。なお、甲九、一〇によれば、右の期間の必要、かつ、相当な投薬料は右治療費中に含まれていると認められるので別途算定しない。

二  入院雑費 一万六八〇〇円

前記のとおり、原告は、本件事故により一四日間入院したことが認められるところ、経験則上、入院中に一日当たり一二〇〇円の雑費を要したと認められるので、入院雑費は一万六八〇〇円と認められる。

三  通院交通費 三万二〇〇〇円

原告が通院に要した費用は、甲二三中、一回の通院に要した最も低額である一回八〇〇円の四〇日分と認められるので、通院交通費は合計三万二〇〇〇円と認められる。

四  休業損害 五万二九九六円

甲一二によれば、本件事故当時、原告は年間五四〇万円の収入を得ていたと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。これによると、原告の一日当たりの収入は一万四七九四円と認められる。なお、前記認定のとおり、原告は、本件事故前に視力障害等により損害賠償金を得ているが、支払い済みの損害賠償金の回収の可否はともかくとしても、原告が本件事故前に別の交通事故で損害賠償金を得ている事実は、本件における原告の収入額の認定について影響を与えるものではない。

ところで、前記認定のとおり、本件において原告が受傷した外傷性頸部症候群及び腰部捻挫の傷害の程度は重度のものではなく、けいれん症状がなければ入院の必要性があつたかも疑わしいものであること、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、鉄骨鉄筋溶接、組立を業とする訴外有限会社外崎工業の代表取締役であり、原告の業務内容は現場でいわゆる親方として配下の職人に対し指図をすることが主であることが認められるので、これらを合わせて考慮すると、本件事故と相当因果関係のある休業損害として認められるのは、本件事故の翌日から岩井整形を退院するまでの合計一四日間が全日分、通院に要した四〇日間について各半日分の合計三四日分と認めるのが相当である。前記のとおりの原告の収入は一日当たり一万四七九四円と認められるので、本件事故による原告の休業損害は五〇万二九九六円と認められるところ、被告吉澤から原告に対し、休業損害として四五万円が支払われていることは当事者間に争いがないので、本訴で認められる休業損害はその差額の五万二九九六円と認められる。

五  傷害慰謝料 六五万円

原告の受傷の程度、入通院期間、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における傷害慰謝料は六五万円と認めるのが相当である。

六  逸失利益及び後遺障害慰謝料 認められない。

原告は、本件事故によつて後遺障害を残存したとは認められないので、逸失利益及び後遺障害慰謝料は認められない。

七  弁護士費用 八万円

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額、その他、本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は八万円が相当と認められる。

八  合計 九〇万〇〇七八円

第五結論

以上の次第で、原告の請求は、被告吉澤に対して、金九〇万〇〇七八円及びこれに対する平成四年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、被告吉澤に対するその余の請求並びに被告小禄、同山崎、同利行、同作田及び同弘道に対する請求はいずれも理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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